|
2007年4月10日 |
![]() |
県議選が終わりました。ご支援してくださった皆様方のおかげで、民主候補に5票差まで迫り2位当選を果たすことができました。 心より御礼申し上げます。 得票数は、予想通り大激戦を反映した結果となりました。 民主党は、自由党と合併前だった4年前に比べて「大きくなった看板の力」を見せつけました。新人も、同様に「市長の息子という看板の力」を示しました。 おかげさまでトップへ5票差まで肉薄できましたが、得票を減らしたのは、私の不徳の致すところです。いずれにいたしましても、ご支援くださった皆様方の御期待にお応えできるよう頑張ってまいります。 |
|
写真撮影=金澤道一さん |
| 開票結果 平成19年4月8日投票 埼玉県西8区[川越市] |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 川越市投票率[40.94%] 投票者総数[110087人] |
| テレビ埼玉の開票速報で、私の選挙事務所が放映された。また、読売新聞は、私の事務所の万歳のもようの写真と記事を掲載してくださった。応援してくださった皆様の喜びを倍増させることができた。感謝にたえない。 午前中から事務所、自宅、私の携帯電話、ホームページへ、お祝いのメッセージが続々と届いた。勝つことは、すばらしい。 |
| 事務所は、朝から江田俊雄議員(事務長)と石塚勇(会計責任者)さん、Nさん(同副責任者)が開票の準備を進めて下さっていた。事務所開きの時と同様に、この3名が裏方を黙々と務めてくださった。誰が見ていなくても、誰にほめられなくても、決められた役割を淡々と、また、正確に果たしてくださっていた。 妻と長男と一緒に事務所へ到着したのは、午後8時半過ぎだった。西8区(川越市)選挙区の開票速報板だけにとどまらず、公明党10人の開票結果一覧表も、既に大きく掲げてあった。10人の開票結果一覧表まで作成してあったことには、涙の出るほど感動した。 到着すると、焼肉ランド大阪屋の金村社長ご夫妻と清水京子市議が、公明党10人の開票結果一覧表に付ける赤いバラの花を作成中だった。金村ご夫妻は、毎日のように激励に来てくださったという。ありがたい。 午後9時ごろから、遊説隊員らが次々と事務所に着きはじめ、その都度、互いの健闘を称えあう若い声が事務所に弾んだ。事務所スタッフの女性たちの姿も見え始め、来るべきその時を待ち受ける雰囲気が次第に盛り上がっていった。皆、口には出さないものの、どういう結果が出るか、期待と不安の織り交ざった気持ちだった。 午後9時半頃には、読売新聞とテレビ埼玉の取材が入るとの知らせがもたらされた。「大丈夫だ。取材がくるのだから」。雰囲気が一気に高まった。 開票を待ち受ける気持ちと全くそぐわないけれども、かえって冷静な気持ちにさせてくれていたテレビ埼玉の看板番組であるダンス番組の途中からから、取材を受けやすいように、椅子の並び替えを私は提案し、いつでも万歳写真撮影に応じられる態勢が整った。 いよいよだ。固唾を呑んで待っていた第1回目の開票速報が届いたのは、午後10時過ぎ。 過去には、第1回目で他候補に圧倒的な大差をつけたことがあったため、今回もひょっとしたら同じような展開になるかもしれないという期待で、私の胸は膨らんでいた。皆さんも同じ気持ちだった。 ところが……。 予想を覆し、私は最下位だった。 9%台の開票率だったとはいえ、高揚していた事務所の雰囲気が、一気に冷めていくのが、分かった。 事務所を快く提供してくださった金子セツ子さんが、一番はらはらとなさったのではないか。金子さんには、福永にふさわしい、最高の事務所を貸していただいた。 「お通夜のようになっちゃったね」と私は話した。 終盤に大きくてこ入れしてくださったKさんからも少し心配する声が携帯電話にかかってきた。「大丈夫です」とお答えしたが、第2回目の10時半の数字も、当選圏内入りをうかがわせる数字ではあったものの、当確は打たれなかった。 それでも、事務所は、遊説隊員らの歓声が上がりっぱなしだった。 新座市やさいたま市北区などの当確をテレビ埼玉が伝えたからだ。 公明候補の当確発表の都度、歓声と拍手が巻き起こった。まことに公明党らしい事務所の光景だった。 だが、私なんかは、不安を打ち消したくて、煙草を吸いに、必要以上に事務所の外へ出るしかなかった。「まだ冬なのか」と思ってしまうほど、外気が寒く感じられた。 なかなか当確が決まらず、失望感が皆の胸をよぎり始めたていた時である。Iさんが「NHKの番組で、福永の当確が出た」と叫んだ。 その瞬間、「やったー」というものすごい歓声が沸きあがった。この時を待ちわびていただけに、事務所の中が沸きかえった。お隣さんが驚いて金子さんの元を訪れたくらいだ。 それからは、読売新聞、テレビ埼玉の順に取材。続いて金澤通一さんによる記念写真の撮影。お茶で乾杯が繰り返され、赤飯も出た。 肩を組み、背中を叩き合いながら、全員がしゃべっていた。 その光景が、本当にうれしかった。喜びにあふれ、「よかったね」:「やったね」「大勝利だ」などと、ともかく勝利についての言葉を口にしているうちに、瞬く間に時間が過ぎて、日付が変わった。 帰宅してしばらくすると、テレビ埼玉が、私の事務所の万歳を放映してくれた。 インタビューの冒頭に申し上げた「何よりも最大の支援団体である創価学会の皆様の真心からのご支援、そして幅広い各界各層の皆様から寄せられた福永へのご支援の賜物である勝利です」という私の言葉はカットされていたが、それでも、勝利を改めて実感することができたのは、本当にテレビ埼玉のおかげである。 午前5時すぎに起床し、読売・朝日・毎日・埼玉の各紙を開くと、読売が私の万歳写真を2段で掲載してくれていた。こちらも、最高のごほうびを頂戴した気分にさせてくれた。 勝利の原動力となってくださった方々へのご挨拶の後、感謝のメッセージや開票結果を書いた号外チラシを作成・印刷。読売の記事を転載させていただいた。 埼玉新聞は、世代交代の角度から社会面で報道していたが、ストレートに世代「交代」とはいいがたい写真を掲載していたのは、ちょっぴり残念だった。 |